星の瞬く音が聞こえてきそうな程の、静寂に包まれた夜。 ラッセルは、ふっと目を覚ました。 「――今何時だ…?」 手元の目覚まし時計を手繰り寄せ、暗闇の中で目を凝らす。時刻は、午前2時。 「…またか…」 軽く溜め息を吐くと、身体を起こす。このところ、毎晩夜中に目覚めてしまう日々が続いている。 「ちょっと夜風にあたりに行こうか…」 ラッセルは上着を羽織ると、外へと出た。 エイプリルフール祭りを終え、一週間。 騙り部の村は祭りの晩の喧騒が嘘のように静まりかえっている。 ラッセルは靴の裏に感じるさくさくとした柔らかな青草の感触を楽しみながら、村はずれの小高い丘に向かう。 いつも、彼が考え事をするときや、ぼんやりするときに行く丘だ。 空気は湿り気を帯びており、草原を吹き抜ける風は初夏にしては涼しい。 ラッセルは丘に着くと、咲き誇る勿忘草を潰さないよう避けて、手近な草の上へと寝転がった。 「勿忘草か…」 可憐なその蒼い花を見ている彼の頭に、何故だろうか――セシリアの姿が浮かんだ。 花の色が彼女の髪の色を思い起こさせるだろうか…そんなことを考えながら、ラッセルはあの大人しい少女へと思いを馳せる。 彼女の…セシリアの笑った顔が見てみたいな、なんてふっと思って… 「――なんでボクはこんなことを考えているんだ?」 と、思わず一人ごちる。 いや――ラッセルには判っていた。自分が、あの少女を気に入っていること。 勿論彼は女性には等しく優しいし、女性はみんな大好きだ。でも、それとはまた別種の、感情が自分の中にあること――。 さく…。 少し離れたところで、草を踏みしめる音がした。 「…ん?そこに誰か居るのか?」 声をかけたラッセルの言に答えてあらわれたのは――彼が今まさに考えていたあの、少女だった。 「――セシリア…?何故ここに?」 「ナンパ死が……歩いているのが部屋から見えたから……追いかけて……きた……かも……。」 彼女は、小さな…だが、よく通る声でそう呟いた。 「そうか。…しかし、まだボクのことはナンパ死なのか?いい加減名前で呼んでほしいんだが…」 苦笑を返すと、セシリアはちょっと考えて。 「ナンパ死……じゃ……ダメ……かも……?」 首を傾げる。 「……じゃあ、ラッセルって……呼ぶ……かも……。」 「…呼んでくれるのか?」 「うん……そうする……かも……。」 「ははっ。そうか、呼んでくれるのか。嬉しいよ、ありがとう。」 予想しえなかったセシリアの素直な答えに、ラッセルの顔に自然と笑みが浮かぶ。 「どういたしまして……かも……。」 答えたセシリアは、いつもと同じ、無表情だったけれど。 ラッセルには、セシリアが心なしか笑っているように……そう、見えた。 「勿忘草の名前の由来、知ってるか?」 真夜中の草原。月明かりの下、2人は並んで空を見上げている。 「悲しいお話……かも……」 「うん。そうだな。――でも、ボクにはちょっと羨ましいよ。」 「……羨ましい……?」 「自分が死んでからも、ずっと思ってもらえるなんてさ…」 「……そういう……もの……?」 「少なくともボクはそうだな。相手を束縛してるようで、少しだけ悪い気もするけどね。…っと、ガラにもない話しちゃったかな。――あぁ、そうだ。」 ラッセルは照れたようにはにかむと、手を伸ばして、手近な勿忘草を摘み取った。 「ちょっと失礼」 それを、セシリアの髪に飾る。 「――うん、綺麗だ。さっきさ、君が来る前。この花が君に似合うんじゃないかって考えてたんだ。」 「そう……かな……?」 自分の髪に手を伸ばし、そこに勿忘草が飾られているのを確認したセシリアは、少し、途惑ったように視線を泳がして。 「……あり……がとう……」 そう、囁くように、呟いた。 空には満天の星と、少し寂しげな色の三日月。 草原に咲き乱れる勿忘草の中で、その花を髪に飾った少女と、その少女の横顔を見つめる青年は、ただ黙って、風に吹かれていた―― Fin. |
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